大判例

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福岡地方裁判所 昭和58年(ヨ)84号

債権者

吉富英次

小浜研二

日高清史

武田俊二

右債権者ら訴訟代理人弁護士

小島肇

田中久敏

諫山博

井手豊継

小泉幸雄

内田省司

津田聰夫

林田賢一

椛島敏雅

宮原貞喜

田中利美

債務者

医療法人大成会

右代表者理事

大塚量

右訴訟代理人弁護士

加藤美文

森元龍治

主文

一  債権者小浜研二、同日高清史及び同武田俊二が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者小浜研二に対し金一五万六〇〇〇円を、同日高清史に対し金二〇万一〇〇〇円を、同武田俊二に対し金五万七〇〇〇円を仮に支払え。

三  債務者は、債権者小浜研二、同日高清史及び同武田俊二に対し、いずれも昭和五八年六月以降第一審本案判決の言い渡しに至るまで毎月二九日限り、それぞれ主文第二項掲記の金員を仮に支払え。

四  債権者吉富英次の申請並びに債権者小浜研二、同日高清史及び同武田俊二のその余の各申請を却下する。

五  申請費用は、債権者小浜研二、同日高清史及び同武田俊二に生じた費用と債務者に生じた費用の四分の三を債務者の負担とし、債権者吉富英次に生じた費用と債務者に生じたその余の費用を債権者吉富英次の負担とする。

理由

一  債権者らの本件申請の趣旨及び理由は、別紙一記載のとおりであり、債務者の答弁及び主張は、別紙二記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  債務者が、肩書地(略)において福岡記念病院(以下「債務者病院」という。)を経営している医療法人であること、債権者らがいずれも昭和五七年一二月一五日当時、債務者に雇用され、債務者病院で債権者ら主張の各業務に従事し、かつ、同病院の職員約一三〇名で構成される福岡医療労働組合(以下「福医労」という。)福岡記念病院分会(以下単に「組合」ともいう。)の組合員で、債権者吉富が分会長、同小浜及び同日高が各書記次長、同武田が執行委員の各組合役職に就いていたこと、債務者が債権者ら四名に対して昭和五七年一二月一五日懲戒解雇の意思表示をしたこと、その理由が債権者ら四名は共謀して債務者病院における診療報酬不正請求事件をねつ造し、さらに、これをうわさとして債務者病院外に流布したうえ、マスコミに対し発表して債務者病院の名誉、信用を毀損したという点にあること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  債務者主張の就業規則所定の懲戒事由の存否について判断する。

(一)  先ず、債権者ら四名が共謀して債務者病院における診療報酬不正請求に関するうわさを流布させたとの点について検討するに、疎明資料によれば、昭和五七年八月、組合から福岡県医師会に対し、「福岡記念病院の違法行為についての告発」と題する五枚綴りの文書が提出されたこと、右文書は組合としてこれを作成したものであること、右文書には債務者病院において不当労働行為や労働基準法違反行為が行われている旨の主張のほか、昭和五七年三月に債務者病院に対する厚生省の特別監査が行われ、これに先立って大塚量院長が債権者吉富に命じて検査データの改ざんをさせた旨の主張や「院長が行った手術はほぼ一〇〇パーセント近く不正請求になっている、例えば使用していない薬品(麻酔剤等)を使用したように手術伝票に記載し請求するとか、痔の手術でも、実際は『ブラーシ氏法』(一二五〇点)で手術し、手術伝票には『ホワイトヘッド法』(二七〇〇点)で行ったように記載し請求するなどのやり方である(詳細は別紙)」などの記載があったこと、右の文書がその後医師会のほか福岡県私設病院協会において、一般の医師らの目に触れ、あるいは手渡されるなどして出廻ったこと、そのため、一部の医師らから債務者病院に連絡ないし問い合わせがあったことが一応認められる。しかしながら、右文書が債権者ら各人の関与の下に右のように流布されたと認めるに足りる疎明はなく、債権者らが主体となってこれを流布したとの債務者の主張は推測の域を出ず、この点をもって就業規則上の懲戒事由に該当するものと断ずることはできない。

(二)  次に、債権者ら四名が共謀して債務者病院における診療報酬不正請求に関しマスコミに発表したとの点について検討する。

疎明資料によれば、昭和五七年一二月七日、福医労福岡県本部書記長である轟斉雄が、福岡県庁で記者会見を行い、債務者は債務者病院における診療報酬につき不正請求を行っている旨の発表をし、翌八日の西日本新聞朝刊に「福岡記念病院 『不正請求』と組合 病院側『でっちあげだ』」という表題を付して、「轟書記長の会見によると『大塚院長は、患者への点滴の際、実際は行っていない静脈切開をしたようにごまかしたり、手術後の健保点数請求で、実際の手術より高度な手術をしたように書類操作するなど、五六年一月からことし七月にかけ、合計一八〇件の医療費不正請求を行った。これらの事実については、すべて病院内部関係者の証言を得ている』というもの。」との内容の記事が掲載され、そのため、債務者の名誉及び信用が著しく毀損されたことが一応認められる。そこで、右の新聞記者に対する発表についての各債権者の関与の程度について検討する。

疎明資料によれば、債務者病院における診療報酬不正請求問題をめぐって次のような経緯があったことが一応認められる。

昭和五七年六月末ころ、福医労福岡記念病院分会が結成されたが、右結成のころ、既に組合は債務者病院における診療報酬不正請求の問題につき一定の資料収集を済ませており、前記の「福岡記念病院の違法行為についての告発」と題する文書中で「別紙」として指摘されている「福医労分会福岡記念病院 不正医療実例報告 記念病院機関誌 S五七・六・二七」と題する文書(以下「本件報告書」という。)を作成していた。

そして、組合は、結成後まもなくから、債務者と夏季一時金支給等について交渉をしていたが、この交渉などを組合に有利に進めることをも目的として、債務者に対し、右不正請求に関する資料を組合が有していることを示唆し、これを交渉上のかけひきとして使用してきたが、昭和五七年八月二五日の「和解協定書」調印に際し、また、同年一〇月二七日同病院看護婦山道美智子の懲戒解雇撤回に附随する団体交渉における合意結果を「交渉等議事録」として記録調印するに際し、それぞれ、組合と債務者との間で、右不正請求に関する問題は、社会的に告発することを基本的に闘争手段とはしないことを約し、なお、同月二八日付で福医労書記長轟斉雄から債務者に対し、福医労は福岡記念病院における不正請求等の諸問題を社会的に告発することを基本的な闘争手段としないことを約する旨の覚え書を差し入れた。しかし、その後、賃金及び年末一時金支給に関する組合と債務者の間の交渉が紛糾し、同年一一月二五日、翌二六日の両日、いわゆる指名ストが行われ、さらに、同年一二月一日ころに至って福医労執行委員長と組合分会長である債権者吉富の連名で、債務者に対し、賃金、年末一時金要求に関する債務者の再回答を求める通告書が提出され、右通告書には、「一 一一月一九日付地労委あっせんに基づき賃上げ及び年末一時金について前向きの再回答を一二月四日までに行うこと。二 上記について誠意ある再回答が行われない場合、一二月六日以降、地域の労働組合、民主団体とも連けいした全面的な闘争体制に突入する。三 同時に、病院側の不当、不法なあらゆる行為を全面的に社会的に訴え、病院長の反社会的行為に対する徹底的な糾弾を開始する。」と記載されていた。ところが、債務者は、右の組合側の要求に応じなかった。

以上の経緯に照らすと、同月七日に行われた轟によるマスコミに対する発表は、福医労県本部が組合と協議することなく独断専行したものとみるのは相当でなく、組合自体の方針として実行されたものと推認するのが相当である。そして、右経緯及び債権者吉富の組合役職を総合すると、少なくとも同債権者は、右マスコミ発表という組合の方針決定に参画したものと推認するのが相当である。しかしながら、他の債権者らについては、その各組合役職からみて直ちに右決定に関与したものと推認することはできないし他にこれを認めるに足りる特段の事情は認められない。

したがって、債権者吉富の右行為は、前記轟と共謀のうえ債務者病院の名誉及び信用を著しくきずつけたものとして同病院就業規則四一条八号の懲戒事由に該当するものというべきであるが、他の債権者らについては、同号の懲戒事由に該当する事実が認められないものと解するほかはない。

(三)  最後に、債権者ら四名が共謀して債務者病院における診療報酬不正請求事件をねつ造したとの債務者の主張について検討するに、債務者のいうねつ造とは、真実は不正請求がないのにあたかもこれあるかのように客観的に疑わせるに足りる徴憑を作成したことを指すものと解されるが、後記のように本件報告書記載の各事例が不正請求に該当するかどうかは、本件全疎明資料によるも詳らかにすることができないのであって、組合が、本件報告書を作成しあるいはその資料を収集したことをもって、不正請求のねつ造であると断ずることはできない。

しかし、昭和五七年八月ころ、当時債務者病院臨床検査課に所属していた債権者吉富が債務者病院における諸検査のデータを記録したコンピューターのディスクを債務者病院検査室から債務者に無断で持ち出し部外者に渡したことは、同債権者の自認するところであるが、本件全疎明資料によるも同債権者の右行為をもって正当なものと認めるに足りる特段の事情は見出せないから、同債権者の右行為は、債務者病院就業規則四一条七号の懲戒事由に該当するものというべきである。

3  以上によれば、債権者小浜、同日高及び同武田に対する各懲戒解雇の意思表示は、その余の点について判断するまでもなく無効であり、右各債権者は、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきである。一方、債権者吉富については、債務者病院就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する非違行為があったものというべきところ、同債権者は、さらにこれに対する懲戒解雇の意思表示を無効とすべき原因がある旨主張するので、これについて検討する。

(一)  先ず、債権者吉富の轟との共謀による本件不正請求のマスコミ発表の行為については、その内容が公共の利害に関する事実に係るものであることから、仮に右行為が専ら公益を図る目的に出たものであり、また、公表された事実が真実であることが疎明されるか、あるいは真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為を理由として懲戒処分をすることは許されないものと解されるので、この点につき判断する。

本件マスコミ発表において摘示された不正請求の事実とは、前記新聞報道記事の内容からみて、本件報告書記載の各事例を指すものと解されるところ、本件報告書に指摘されているのは、実際にはエラスター針を使用したのに静脈切開を実施したものとして診療報酬請求したという約六〇件の事例、実際にはプロカイン剤を使用したのにキシロカイン剤を使用したものとして診療報酬請求したという約一二〇件の事例、実際には実施していないリンパ腺清掃術を実施したものとして診療報酬請求したという約一〇件の事例(もっとも、その大半は、実施していない可能性が大きいとして推測であることが注記されている。)、実際にはブラーツ氏法で実施した内痔核根治術につきホワイトヘッド氏法で施術したものとして診療報酬請求したという約六件の事例(もっとも、これについては施術の専門的内容につき確認する必要がある旨注記されている。)などであるが、本件全疎明資料によるも、右指摘の事例が具体的に診療報酬の不正請求に該ることを認めるに足りず、かつ、エラスター針を使用したのに静脈切開を実施したものとして診療報酬請求をした事例を除くその余の指摘事例が、これを不正請求に該ると信ずるについて相当の理由があったと認めるに足りる特段の事情もこれを見出すことができない。

もっとも、本件疎明資料によれば、本件報告書において実際にはエラスター針を使用して点滴を行ったのに静脈切開を実施したものとして診療報酬請求をしたと指摘された約六〇件の事例のうち、いくらかの事例(多くとも二六件を超えることはない。)については右指摘のとおりであったことがうかがえるけれども、それは、債務者病院医事課長大塚一雄が昭和四五年ころエラスター針を購入した際、その納入業者からエラスター針を使用して点滴を行った場合には静脈切開術の点数に同針の購入価格を加算して保険請求をすることを診療報酬支払基金において諒解している旨を告げられたので、その説明を軽信し、昭和五七年八月ころ右説明が誤りであることを知るまで、エラスター針を使用して点滴を行った場合には静脈切開術の点数に同針の価格を加算して診療報酬請求をするよう医事課職員に指導してきたことによるものであることが一応認められ、右のような診療報酬請求がことさらに不正な目的をもってなされたものとまでは断定することができない。

そうすると、本件不正請求のマスコミ発表の行為にはその主要な部分において相違があり、かつ、その主要な部分が真実であると信ずるにつき相当な理由があったとは解されないから、債権者吉富の右行為は懲戒事由となり得るものというべきである。

(二)  次に、労働協約違反の主張について判断する。

疎明資料によれば、組合と債務者との間で昭和五七年八月二五日、和解協定書なる書面により労働協約が締結されたこと、右協約の第一項後段に「職員の賃金、労働諸条件及びこれに関する諸問題については、すべて債務者と組合とで協議し、合意のうえで決定する。」旨約されていることが認められる。債権者吉富は、右条項は懲戒解雇に関する協議ないし合意をも包含するものと主張するが、労働協約において右のように包括的な協議合意条項が定められた場合に、それが懲戒解雇の場合をも含むいわゆる人事協議合意条項としての意義をも有するものといえるかどうかは、当該労働協約成立に至った具体的事情に照らして個々的に判定せらるべき協約解釈の問題であるといわなければならない。本件においては、疎明資料によると、右労働協約は組合結成から約二か月後である昭和五七年八月二五日、組合結成以来の労使関係の紛糾を収束すべく、債務者代表者である大塚量債務者病院院長と福医労福岡県本部轟斉雄書記長との間で、組合員資格に関する問題、武田俊二に対する出勤停止処分に関する問題、過去の残業手当支給に関する問題、臨床検査室の廃止の問題、夏季一時金の支給に関する問題などについて協議した結果、同日中に調印に至ったものであることが一応認められ、右のような協約成立に至る経緯に基づいて考えると、本件労働協約第一項後段が、懲戒解雇に関するいわゆる人事協議合意条項としての意義をも有するものとはにわかに断じ難く、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

してみれば、組合との協議ないし合意を欠く本件懲戒解雇は労働協約に違反して無効であるとする債権者吉富の主張は、その前提において失当であり、理由がないものというべきである。

(三)  さらに、不当労働行為の主張についてみるに、懲戒解雇事由に該当する行為をなした労働者を懲戒解雇することが、当該労働者が労働組合の組合員であること若しくは正当な組合活動をしたことのゆえをもって、あるいは当該労働組合の弱体化を図る目的でなされた労働組合法七条一、三号該当の不当労働行為として無効であるためには、使用者にいわゆる不当労働行為意思がなければ懲戒解雇の意思表示をなすことはなかったであろうと認められる関係が認められること、言い換えれば、当該懲戒解雇の意思表示と不当労働行為意思との間に相当因果関係が認められることを要するものと解すべきところ、債権者吉富のなした前記の非違行為はその性格、態様、債務者に及ぼすべき損害の程度等に照らすと、それ自体として優に懲戒解雇事由とすべき程度のものであるといわざるを得ないから、例え債務者に不当労働行為意思が併存していたとしても、債権者吉富に対する本件懲戒解雇をもって労働組合法七条一、三号により無効のものとすることはできない。

したがって、債権者吉富に対する本件懲戒解雇の意思表示は有効なものと解するのが相当である。

4  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債権者小浜、同日高及び同武田が、主として債務者から受ける賃金によってその生計を維持していること、右各債権者らは債務者から毎月二九日に前月二五日から当月二四日までの間の賃金の支払を受くべき権利を有すること、債権者小浜は平均月額一五万六〇〇〇円を、債権者日高は平均月額二〇万一〇〇〇円を、債権者武田は平均月額五万七〇〇〇円を下らない賃金を得ていたことが一応認められる(なお、債権者武田については、同債権者は理由のない賃金カットがなされており、実際の賃金受領額に右賃金カット分を加算すべきであると主張するが、この点については何ら疎明がない。)。しかし、一方、右の債権者らの本件各申請が暫定的に債権者の緊急の窮迫状態の救済を図ることを目的とする仮処分手続であることなどを考慮すると、右の債権者らの本件各申請は、その各賃金のうち主文掲記の限度でその必要性があるものと認めるのが相当である。

5  よって、債権者吉富の本件申請は、理由がないからこれを却下し、その余の債権者らの本件各申請は、主文掲記の限度でこれを認容してその余を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 草野芳郎 裁判官 松本光一郎)

別紙一 申請の趣旨

一 債権者らが、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、債権者らに対し、別紙請求金目録一「冬期一時金額」欄記載の各金員を即時に、別紙請求金目録二記載の各金員を昭和五八年一月から本案判決確定に至るまで毎月二九日限り、それぞれ仮に支払え。

三 申請費用は債務者の負担とする。

申請の理由

一 債務者は、肩書地において福岡記念病院(以下「債務者病院」という。)を経営し、職員約二三〇名を雇用している医療法人である。

債権者らは、いずれも昭和五七年一二月一五日当時、債務者に雇用され、債務者病院で左記のとおりの業務に従事し、かつ、同病院の職員約一三〇名で構成される福岡医療労働組合(以下「福医労」という。)福岡記念病院分会(以下単に「組合」という。)の組合員で、左記のとおりの組合役職に就いていた。

債権者名 業務 組合役職

吉富英次 検査主任(臨床検査技師) 分会長

小浜研二 入院医事係 書記次長

日高清史 入院医事係 書記次長

武田俊二 看護人(准看護士) 執行委員

二 本件各懲戒解雇の意思表示

債務者は、債権者ら四名に対し、昭和五七年一二月一五日、突如懲戒解雇にする旨の意思表示をした。その理由とするところは、要するに、債権者ら四名が共謀して債務者病院の診療報酬不正請求事件をねつ造し、さらにこれを「うわさ」として債務者病院外に流布したうえにマスコミに発表し、債務者病院の名誉、信用を毀損したというものであり、右「ねつ造」「公表」が債務者病院の就業規則三六条三項ないし七項及び四一条二、七、八、一二、一四の各項に違反するというものである。

三 本件各懲戒解雇の無効

1 債務者病院における診療報酬不正請求について

(一) そもそも、債務者病院においては、債務者代表者である大塚量院長(以下「院長」ともいう。)を中心として、次のような診療報酬請求にかかる不正行為が行われていた。

(1) 過剰・濃厚診療と不正隠ぺいの検査データ改ざん

院長は従来から過剰・濃厚診療を行なって不正な診療報酬請求を行ってきた。例えば、肝機能の血液理化学検査に異常値が出ていない患者に対し、それ以上の検査が必要でないにもかかわらず、たびたび肝機能検査(これにより、一回につき約五〇〇〇円の診療報酬請求が可能となる。)を行い、また、本来不必要である肝臓疾患用の点滴(その一本につき約三〇〇〇円の診療報酬請求が可能となる。)を一日一回以上行うなどの過剰・濃厚診療を行うことにより診療報酬を不正に請求してきた。

しかるに、昭和五七年二月末ころ、厚生省の監査が同年三月一一日に行われるとの情報を得るや、院長は、前記過剰・濃厚診療が暴露されるのをおそれて、院長自身が診療した昭和五六年一〇月から一二月までのカルテ添付の検査データに記載された検査値を自ら異常値に書き換え、これによって、右検査や点滴が過剰・濃厚診療にあたるものではないかのように装う工作を行った。このような検査データーの改ざんのうちで件数が特に多いのは、血液理化学報告書であり、院長は、コンピューター活字によって打ち出されていたGOT、GPT(肝機能検査)の検査数値の頭にボールペンで数字を一つ記入することによって検査数値を一桁高い異常値に書き換え、さらに、この手書きで書き換えた検査報告書では監査員に疑われると思い、嫌がる債権者吉富英次にコンピューターで右検査データを打ち直させた。改ざんされた検査データは約二〇〇枚で、患者によっては重複してデータ改ざんがなされている。したがって、入院・外来含めて約五〇名の患者についてデータ改ざんがなされたと推定される。実際上は、これらの患者の中には検査値がもともとやや異常という者もいるが、そういう患者は多くても約六〇パーセント(約三〇名)である。したがって、これらを除外すれば、真に過剰・濃厚診療といえるのは約二〇名の患者と推測される。検査値が異常値とされる患者については、点滴はほとんど連日、肝機能検査は少くとも月一回は行われるものであるから、この約二〇名の患者に毎日点滴をしたとすれば、一か月では約一八〇万円の、また、右二〇名に最低一か月一回の検査をしたとすれば、一か月約一〇万円の各診療報酬不正請求をしたことになる。以上のとおり、院長は、少なく見積っても一か月合計で約一九〇万円、データが改ざんされた昭和五六年一〇月から同年一二月の三か月合計で約五七〇万円もの不正請求を行っていたと推測され、年間を通じてみると極めて膨大な金額の不正請求を行っていたものと考えられる。

以上はあくまでも推計である。しかしながら、債務者はデータ改ざんの事実を否定しながら、本件仮処分事件では改ざん前のデータを表わすコンピューターディスク、それも三か月分のうち一日分だけしか疎明資料として提出せず、カルテに貼付してある検査データ表そのものを提出できないでいる。このことからも、右不正請求の事実は明らかである。

(2) 静脈切開術を実施したものとしてした不正請求

静脈切開術とは、点滴等のために血管が浮き出しにくい患者に対して、長時間の血管確保が必要な場合、手足の皮膚を切開して静脈血管を取り出し、これに点滴等の管を挿入する方法である。院長は、実際には静脈切開術を行わず、エラスター針(正式名称:プラスチックカニューレ型静脈内留置針)を使って点滴等を行った患者についても、静脈切開術をしたもののように診療報酬を請求してきた。債務者がこのようなことをしてきた理由は、エラスター針については、八時間以上これを使用した場合に針代の実費二四〇円につき診療報酬を請求することができる運用であり(昭和五六年六月の点数改正前は一七〇円)、使用時間が八時間未満の場合には診療報酬を請求することができないが、これに対し、静脈切開術を行った場合には、一三〇〇円の診療報酬を請求することができる(昭和五六年六月の点数改正前は九〇〇円)からである。したがって、実際にはエラスター針を使用しながら、静脈切開術を実施したものとして診療報酬請求をすれば、昭和五六年六月以後は一〇六〇円(エラスター針八時間以上使用の場合)、又は、一三〇〇円(ニラスター針八時間未満使用の場合)の過大請求となる。債務者病院の一年間の静脈切開術による診療報酬請求例は少なく見積っても約一〇〇件あり、このうち約五〇パーセントは院長の担当分でこれがすべて不正請求されているから、院長分の不正請求額だけでも年間約五、六〇万円にものぼることになる。

(3) キシロカインを使用したものとしてした不正請求

債務者病院では局所麻酔を行う際、実際には薬価の低い一パーセント塩酸プロカインを使用しながら、院長は、カルテ及び手術伝票に薬価の高い二パーセントキシロカインを使用したかのように虚偽の記入をし、診療報酬の不正請求を行ってきた。局所麻酔の際に使用する量は一回につき五ミリリットルないし一〇ミリリットルであるから、右不正請求額は一回につき五九円ないし一一八円となる。債務者は塩酸プロカインを購入していないなどと主張しているが、債務者病院内薬局では塩酸プロカインが常に製造され、病棟、手術場、外来に搬入されてきた。

債務者病院における塩酸プロカインの使用件数は少なく見積っても年間約一二〇〇件であり、このうち約五〇〇件が院長の担当分であるから、院長分だけで年間三万円ないし六万円の不正請求となる。

(二) 以上のような不正請求は、院長の行った手術等については日常茶飯事のことであり、マスコミに発表された例は氷山の一角である。しかも、不正を訂正したり、あるいは院長に意見具申をすれば大声でどなりつけられ、威迫されるのが常であった。

なお、債務者はマスコミに発表された不正請求額が少ないため、このような不正請求を故意に行う意味がないなどと主張しているが、これは右検査データ改ざんによる不正受給額を故意に欠落させているものである。また、本件の一八〇件の不正請求例は昭和五六年一月から昭和五七年八月までの約一年半の間の、しかも院長の手術に関するものに限られているものであり、さらに年間数千件もある債務者病院の施術のうちのほんの一部を取り出しているものにすぎない。一八〇件だけを取り出して不正請求額の多寡を云々すること自体が誤りであるといわねばならない。

2 本件各懲戒解雇の無効事由

(一) 就業規則上の懲戒解雇該当事由の不存在

(1) 債権者らは、債務者病院の診療報酬不正請求の事実をねつ造したことはない。診療報酬不正請求は債務者病院内ではなかば公然と行われており、職員のあいだでは周知の事実であった。組合結成に際し、多数の職員が組合に加入した動機の一つとして、院長から不正請求への協力を強要され、心ならずも不正行為に加担させられることへの反発があったのである。したがって、債権者らが診療報酬不正請求の事実をねつ造するなどということは、ありえないことである。

また、債権者吉富が債務者病院における諸検査のデータを記録したコンピューターのディスクを盗んだことはない。同債権者が右コンピューターディスクを債務者病院検査室から持ち出したことは認めるが、それは、次のような事情によるものである。即ち、後記の昭和五七年八月二五日付和解協定書調印に際し、組合の上部団体である福医労県本部書記長轟斉雄が持っている債務者病院の不正請求に関する諸資料は、福岡県私設病院協同組合事務局長榎本憲一に預けることとされたが、数日後、右榎本から轟書記長に対し、前記検査データ改ざん前の真正なコンピューターディスクを渡すよう要求があったので、轟書記長は、もちろんこれを所持していなかったため、債権者吉富に依頼して債務者病院検査室から右コンピューターディスクを持って来させ、榎本にこれを渡したものである。

(2) さらに、債権者ら四名は右不正請求の事実をうわさとして債務者病院外に流布させたことはない。仮に、債務者主張のようにうわさが広まっていたとしても、それは債務者病院の職員内で周知の事実であり、債権者らが病院外に流布させたものではない。

「福岡記念病院の違法行為についての告発」と題する文書は昭和五七年八月、組合が福岡県医師会に債務者による労働基準法違反の行為、不当労働行為をやめさせてくれるよう指導を求めた際、同会労務担当理事より文書化するよう指示されたため、組合で作成した文書である。その中の不正請求に関する記載は同会から債務者病院には不正請求があるようだが、医師会として自浄作用をはたらかせたいからと言われて記載したものである。したがって、この文書は組合用の控と、医師会の安藤労務担当理事用しか存在しなかった。組合で他に流布させたことはない。

(3) また、債権者らは、前記不正請求をマスコミに発表したことはない。確かに、福医労県本部書記長轟斉雄が昭和五七年一二月七日、債務者病院の診療報酬不正請求について記者会見を行ったが、債権者らはこの記者会見には全くタッチしていない。そのことは、右轟が発表した事実が債務者病院内で周知のこととなっていた点に限られ、特に債権者らでなければわからないような事実が含まれていたわけではないことからも明らかである。

右記者会見に至った経緯は次のとおりである。

組合は、昭和五七年六月三〇日、約一〇〇名の債務者病院職員によって結成され、同年七月三日、債務者に対して結成通告を行ったが、それ以来、債務者は、組合員の切実な要求に何ら耳を傾けないばかりか、組合つぶしに狂奔してきた。同年八月の夏季一時金交渉においても組合と金額、支給日を妥結した後に非組合員に対してのみ一時金を支給するという不当労働行為を行った。組合は、福岡県地方労働委員会に対しあっせんを申し立てたり、福岡県医師会、福岡県私設病院協会に指導を申し入れるなどの粘り強い交渉によって同月二五日の「和解協定書」の調印にこぎつけた。ところが、債務者の組合つぶしはおさまるところを知らず同年九月一四日には組合員である外来担当看護婦のささいなミスをとらえて解雇するなど、右和解協定書の精神を踏みにじる行為を繰り返すばかりであった。同年一〇月一一日の賃上げ、年末一時金の団交開催要求に対しても全く受けつけず、右地労委のあっせんも全く拒否するという態度に終始した。しかも、新入職員には黄犬契約を強制し、賃上げ要求に対しては、組合活動の拠点職場である検査室の廃止をほのめかすなど組合つぶしの意図を露骨に示すようなありさまであった。債務者がこのような態度に出たのは、営利第一を目的とする債務者にとって、医療従事者の良心を尊重して闘う組合の存在が極めてじゃまなものであったためである。債務者の組合つぶしをやめさせ、職員に対する不正請求加担の強制をやめさせるためには、行政指導によってこのもうけ第一主義を改善させていく必要があった。組合は、同年一一月二五日、県衛生部に対し、債務者が経営赤字を言いながら架空の人件費を支給している事実、労働基準法違反の事実等を指摘しつつ、その指導を求めた。

さらに、福医労県本部は、債務者による組合つぶしによって、再度債務者病院職員が不正請求の共犯者となることを強制されることになるのを防ぐためにも、今後不正請求をすることができないようにする必要があると判断した。その結果、同年一二月七日、福医労県本部書記長轟斉雄は県本部独自の判断として不正請求をやめさせる行政指導を求めて、福岡県衛生部に監査を申し入れ、同時に債務者病院の不正請求問題と労働実態について記者会見を行ったのである。

(4) 以上のように、就業規則の懲戒解雇事由にあたらない本件各解雇は無効である。仮に、債権者らが診療報酬不正請求の事実をねつ造したり、病院外に流布したり、マスコミに発表したという事実があったと仮定しても、債務者病院内で長期かつ広範に診療報酬不正請求が行われて職員が心ならずもこれに協力させられていたのは事実であるから、これが就業規則違反とならないことは当然である。よって、本件各懲戒解雇は就業規則の解釈適用を誤っており、無効である。

(二) 労働協約違反

昭和五七年八月二五日、債権者らの所属する組合と債務者との間で締結された労働協約である「和解協定」の第一項は、「甲(病院)は乙(組合)が同病院における職員を代表する主要な労働組合であることを認め、職員の賃金、労働条件及びこれに関する諸問題については、すべて甲乙協議し、合意のうえで決定する」と定めている。しかるに、本件各懲戒解雇は抜き打ちに行われたものであり、組合との「合意」はもちろんのこと、「協議」さえなされていない。よって、本件各解雇処分は右協定に違反して無効である。

(三) 不当労働行為

債務者は、組合結成以来一貫してこれを毛嫌いし、何とか組合をつぶそうとしてなりふりかまわぬ切り崩し行為を行ってきた。組合は、病院側の攻撃のつど、粘り強い団体交渉と産業別並びに地域の労働組合等の協力をえて、この攻撃をはね返し、しかも組合員を拡大してきた。本件各解雇は、債務者にとっては目の上のこぶである組合の中心的活動家四名を職場から放逐し、そのことによって組合をつぶすことを狙った極めて悪質な行為であり、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為として無効のものである。

四 賃金並びに保全の必要性

1(一) 債権者らは、いずれも債務者病院に雇用され、毎月二九日に前月二五日から当月二四日までの分の賃金を支払われていた。

(二) 債権者武田を除く債権者ら三名が本件各懲戒解雇前の三か月間にそれぞれ前月分として受領していた賃金は別紙賃金一覧表(一)記載のとおりである(但し、債権者吉富については疎明資料の存在する八、一〇、一一月分を掲げた。)。債権者武田については、昭和五七年六月下旬以降手術室勤務からリハビリ室への配置換が行われた後理由のない賃金カットがなされているため、同年八月分から一〇月分までの受領賃金に右賃金カット分を加えた金額を計算すると、同表(二)記載のとおりとなる。

(三) 右三か月間の各債権者の賃金の月平均は別紙請求金目録二記載のとおりとなる。

(四) また、債務者は昭和五七年一二月二二日、第二組合より遅れはしたが組合員にも基本給及び調整給の二か月分の冬季一時金を支給しており、債権者ら四名も本件解雇がなければ当然その支給を受けえたものである。債権者ら四名の冬季一時金の額は別紙請求金目録一記載のとおりである。

2 保全の必要性

債権者らは、債務者から支払われる右給与によって生計を維持しているものであるところ、目下債務者を相手に地位確認の本訴を提起すべく準備中であるが、右本案判決の確定を待っていたのでは回復し難い損害を被るおそれがある。

よって、申請の趣旨記載の裁判を求め本申請に及んだ。

別紙二 申請の趣旨に対する答弁

一 債権者らの申請をいずれも却下する。

二 申請費用は債権者らの負担とする。

申請の理由に対する答弁及び債権者の主張

一 申請の理由一、二項の事実はすべて認める。

二 申請の理由三項の主張は争う。

債務者が債権者らを懲戒解雇した理由は、次のとおりである。

1 債務者病院における診療報酬不正請求事件のねつ造

債権者ら四名は、共謀のうえ、債務者病院の診療報酬不正請求事件告発のための資料を、組合結成の一年半前から計画的に収集し始めた。債務者病院臨床検査課に所属していた債権者吉富は、同病院で行われた諸検査のデータを記録したコンピューターのディスク(昭和五六年一一月七日から昭和五七年二月二五日までの分)を盗み出し、また、債務者病院手術室に勤務していた債権者武田は、右の一年半の間に、約一八〇件のカルテ、手術伝票、麻酔記録等を盗み書きして別の紙に記録し、さらに、医事係に所属していた債権者日高、同小浜は、手術伝票に記載されている内容に誤りがあるとすれば、職責上当然にその事情を調査して真実に合致する内容のレセプトを作成して、これをコンピューターに入力すべき立場にあるのに、故意にこれを看過して、債務者が診療報酬の不正請求をしたかのような外観を作出して、形式的不正を完成させた。このような診療報酬不正請求の外観をねつ造したのが、債権者ら四名の共謀によるものであることは、債務者病院における診療報酬請求の手順が分業化され、医事係において、実際の手術内容や使用薬剤等と手術伝票等とを照合するしくみになっていることからも明らかである。

2 債務者病院における診療報酬不正請求に関するうわさの流布

債権者ら四名は、昭和五七年七月下旬ころから、債務者病院においては多額の不正請求が行われているといううわさを、福岡県医師会及び福岡県私設病院協会の理事らに流し、福岡市内の多くの医師が右うわさを知るようになって、「福岡記念病院は不正をやって大きくなったのだ」とささやかれるに至り、債務者の信用、名誉が著しく毀損された。

さらに、同年八月中旬、債権者らは「福岡記念病院の違法行為についての告発」と題する五枚綴りの文書を作成し、これを福岡県医師会及び福岡県私設病院協会の理事らに配布し、これらがさらに多くの医師に渡り、遂には二、三の病院の従業員にまで配布され、その結果、債務者の信用、名誉が著しく毀損された。右文書の内容の要旨は、「債務者病院即ち院長は検査データを改ざんし、また、院長による手術はその一〇〇パーセント近くが診療報酬を不正請求している。即ち、使用していない薬剤を使用したかのように手術伝票に記載し、痔の手術もホワイトヘッド法を採用していないのに採用したかのようにして不正請求をしている。」というものである。右の文書には、別紙としてその主張にかかる不正請求の内容を具体的に記録した資料が存在する旨記載されていたが、右別紙は公表されなかった。

3 債権者らによる診療報酬不正請求に関するマスコミへの公表

債権者らは、昭和五七年一二月七日、四、五社の新聞社の記者に対し、記者会見を行い、「院長は、診療報酬請求にあたり、実際には行っていない静脈切開をしたかのようにごまかし、また、実際に行った手術よりも高度の手術をしたかのように書類操作をし、また、実際に使用した薬剤よりも高価な薬剤を使ったようにして不正請求をしている。そして、その件数は、昭和五六年一月から昭和五七年七月までの間で合計約一八〇件ある。」と発表し、翌日(一二月八日)の西日本新聞朝刊に右記者会見の内容が報道された。右公表により、債務者の信用、名誉が著しく毀損された。

以上の債権者らの行為は、債務者病院就業規則三六条三ないし七項及び四一条二、七、八、一二、一四の各項に該当するので、債務者は債権者らを懲戒解雇したものである。

三 債権者らが債務者病院における診療報酬不正請求の実例であると主張する点に対する反論

1 「検査データ改ざん」について

昭和五七年三月一一日に厚生省による監査が行われたとの事実はない。同日行われたのは、厚生省と福岡県保険課による共同指導にすぎない。なお、同年二月下旬から三月上旬にかけて、昭和五六年一〇月から同年一二月までの分について各医師別にカルテ及び関係書類等のチェックをし、そのうち、破損又は汚損した一部の検査成績表につき検査科主任であった債権者吉富英次に命じて書き直させたが、検査データを改ざんするよう命じたことはない。

2 「静脈切開」について

前記のマスコミ発表された「債務者病院の不正請求事実」なるものは、前記の五枚綴り文書の別紙とされた「福医労分会福岡記念病院 不正医療実例報告書 記念病院機関誌 S五七・六・二七」と題する文書(以下、「本件報告書」という。)に記載されているものを指すと解されるところ、本件報告書中実際にはエラスター針を使用したにもかかわらず静脈切開術を実施したものとして診療報酬請求されているとされる約六〇件につき、債務者が調査した結果、約三〇件についてはカルテないし麻酔記録に静脈切開との記載があるが、その余は、右のいずれにも静脈切開を実施した旨の記載がなく、現時点においては、これが静脈切開術を施さなかった事例であるか否かを判断することはできない。というのは、静脈切開術は、点滴注射をするに際し、血管が浮き出しにくい場合に皮膚を切開して実施するものであるが、血管が浮き出しにくいかどうかは、注射をする時点で初めて判明することも多く、したがって、施術前にカルテ等にこれを記載することができない場合も少なくないからであり、施術後の記載漏れということも考えられるためである。もっとも、これらのうちに、実際にはエラスター針を使用したにもかかわらず静脈切開をしたものとして診療報酬を請求した事例が含まれている可能性は否定することができない。それは、次のような事情に基づくものである。債務者病院における診療報酬請求についての責任者である同病院医事課長である大塚一雄は、昭和四三年ころから医事課長を勤めているものであるが、初めてエラスター針が販売された昭和四五年ころ、担当のセールスマンから「エラスター針は、これを使用した場合には静脈切開をしたものとして診療報酬請求をすることができる。このことは支払基金で確認済みである。」旨聞かされ、以後昭和五七年八月初旬までそのように信じていた。したがって、同課長は、債務者病院としてエラスター針を購入するようになった当初、医事係員に対し、診療報酬請求に際しては、エラスター針使用は静脈切開と扱うべき旨指導し、係員らがそのように処理してきたのである。ところが、昭和五七年七月下旬ころ、医事係員であった債権者日高が、同課長に対し、エラスター針を使用した場合には静脈切開として診療報酬請求をすることはできないはずである旨申し入れてきたので、同課長が調査したところ、従前の取り扱いが誤っていたことが判明した。したがって、債権者らが不正請求であると主張する約六〇件のうちに一部、エラスター針を使用したにもかかわらず静脈切開をしたものとして診療報酬請求した例が含まれている可能性は否定できないものの、それは、請求しうべき診療報酬についての誤解に基づくものであって、故意による不正請求ではない。

3 「キシロカインを使用したものとしてした不正請求」について

昭和五四年ころ、塩酸プロカインは中毒やショックを生ずるおそれがあるとされるようになって、債務者病院では、以後原則としてこれを使用しないこととし、同年四月一日以降購入も中止した。ただ、当時多少の在庫があったので、使用を全面的に禁止することまではしなかった。債権者らは、実際にはプロカインを使用しながら、キシロカインを使用したものとして不正請求したと主張するが、債務者が、債権者ら主張にかかる本件報告書記載の約一二〇件の事例のうち九六件について、カルテ、麻酔記録、手術伝票、レセプトの各記載を調査したところ、手術伝票及びレセプトの各記載はすべてキシロカインとなっており、カルテにはキシロカインとの指示が七一件につきなされており(その余の二五件については記載がない。)、麻酔記録にはキシロカインとの記載が七八件に、プロカインとの記載が六件につきなされていた(その余の一二件については記載がない。)。これらの書類上の不突き合わせの原因は不明であるが、少なくとも、右の全ての事例につき実際にはプロカインを使用していたとの債権者らの主張が誤りであることは明らかである。

4 その他の本件報告書中指摘の「不正請求」について

(一) リンパ腺清掃術について

本件報告書中には、リンパ腺清掃術を実際には「やっていない可能性大」と記載されているが、いずれの事例についても九州大学の医師による摘出リンパ腺の組織検査も行われており、本件報告書の右記載には根拠がない。

(二) 痔核の手術について

前記マスコミ発表に際して債権者らが指摘した「実際に行った手術よりも高度の手術をしたかのように書類操作をした」との点は、本件報告書中の痔核根治術の術式に関する記載を指すものと解されるが、右術式がホワイトヘッド氏法であることに誤りはなく、これと異なった術式によったものであるとする債権者らの主張は独断にすぎない。

四 申請の理由四項1のうち、(一)は認める。(二)及び(三)のうち債権者武田に関する点を除くその余の事実は認める。債権者武田に対して支給された賃金額は、昭和五七年九月分四万七〇四四円、同年一〇月分七万〇二六四円、同年一一月分五万五〇二七円であり、右三か月間の平均賃金は五万七四四五円である。同(四)のうち、債務者が昭和五七年一二月二二日組合員に対して基本給及び調整給の二か月分の冬季一時金を支給したこと、仮に債権者武田を除くその余の債権者らにつき冬季一時金を二か月分支給するとすれば、その額が債権者ら主張の額となることは認める。債権者武田は看護学生であって債務者病院における実働時間が少なく、一時金支給規則に基づいて支給対象期間に対応する支給額を計算すると、一三万九〇八八円となる。

同四項2の主張は争う。

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